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「Axis Powers ヘタリア」の二次創作を扱う非公式ファンサイト。
19 . May
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31 . December


子どもとオーストリア。
オーストリアと今は亡き少年。

プロイセンとハンガリー。






拍手[15回]



 

「…神聖、ローマ…」
 
出迎えたプロイセンの傍らに立つ子どもを見つめ、オーストリアは言葉を失ったかのように絶句した。
 
 
 
 第二次パリ条約が締結し、ウィーン体制の敷かれた欧州は束の間の平和を取り戻しつつあった。国としての機能が回復していくのと同時に、傷も癒える。忙しさもひと段落し、漸く包帯の取れた身体に安心したのは子どもだったようだ。今まで遠慮していたらしいが遠乗りに行きたいと遠まわしに我儘を言ってきた。人の機微など知ったことかな傍若無人なプロイセンだが、子どもには何故か不思議なほど気が回る。ひとつ返事で了承し、どこに行こうか弁当はどうするかと話していたときだ。使用人が客人の来訪を告げた。

「…あー、そういや、今日来るって言ってたな。…ロビーで待たせとけ。直ぐに行く」

「かしこまりました」
使用人が下がり、プロイセンは子どもに向き直る。
「ルートヴィッヒ、オーストリアの前で俺を兄とは呼ぶなよ」
「どうしてだ?」
「あいつに色々警戒されるのは、今はまずいからな。お前はあくまでも俺の世話になっているだけと言うことにしとけ。あいつに俺のことで何か言われても、流せ。お前は賢い子だから、俺の言ってることが解るな?」
「…解った」
頷いた子どもの頬を撫で、プロイセンは膝を付き、その頬にキスを落とす。
「俺はお前の従順なる僕だ。俺を信じろ」
「兄さんを俺は疑ったりしない。おれはおれの騎士を信じる」
真っ直ぐに見つめてくる青に、プロイセンは微笑を浮かべ、子どもの髪を乱暴に梳くと立ち上がった。

「…さて、三文芝居の幕開けだ」
 
 
 
 






絶句したオーストリアを見つめ、プロイセンはオーストリアの傍らに立ち、同じように驚いたような顔で子どもを見つめるハンガリーを見やった。
(…オーストリアの警護か。ご苦労なこった)
古い顔馴染みはどうやら神聖ローマを知っているらしい。…袂を分かち、それからはオーストリアのところにいたのだから、知っていて当然か。…プロイセンは傍らに立つ子どもを見やる。子どもは動揺することまなく、オーストリアを見上げた。
「あなたが、オーストリアか?」
「…ええ。そうです」
子どもの声にはっとしたようにオーストリアは紫玉を瞬かせた。
「残念ながら、おれにはあなたに名乗れる名前が無い。便宜上、ルートヴィッヒと呼んでくれ」
「…解りました」
オーストリアが頷く。そして、背後を振り返る。
「あなたに紹介しておきましょうか。こちらの女性は、ハンガリーです」
「はじめまして。ハンガリー」
「…ええ、はじめまして、ルートヴィッヒ…」
平原の緑が困惑したように揺れるのを見やり、プロイセンは密かに息を吐いた。
「…さて、自己紹介が終わったところで、オーストリア」
赤い目を向け、目の前の紫玉に視線を合わせれば、警戒したようにハンガリーがこちらを睨む。
(…相変わらず、過保護だな。これだから、弱ぇんだよ)
目の前の優男を見、内心嘲笑する。それでも密かに心に蟠った何かにプロイセンは見ないフリで目を瞑る。
「俺が居ちゃ邪魔だろ。席、外すぜ。ハンガリー、お前もだ」
「え?!」
「お前、俺を見張りに来たんだろうが」
そう返せば、ぐうとハンガリーは押し黙る。
「ルートヴィッヒ、客間に案内頼んだぜ。客人に失礼のないようにな」
「解っている。プロイセン」
視線は合わさずとも、幕が開けたのは間違いない。

ここから、ここからだ。

この大国の目を欺き、子どもが真の「ドイツ」となる為に。
 
 
 







給仕が下がり、二人きりになった客間。向かい合う形で腰を下ろした子どもは青い瞳を瞬かせた。その青をじっと紫玉がレンズ越しに見つめる。子どもにはその瞳が何かを懐古しているように見えた。
「…プロイセンにも、お前は神聖ローマかと聞かれたことがある。そんなに似ているか?」
「…ええ。だから、驚きました。でも、あなたは神聖ローマではないのでしょう?」
「ああ」
頷く子どもが、それでも紛れもなく諸邦を統べる王だった小さかった彼に重なる。

長く続いた戦争は身体を心を蝕み、その顔から笑顔が消え、表情が消え、美しかった青い瞳は見る見る曇っていた。そして、死を宣告しながら延命させるような結果しか齎さなかった条約。そして、長い間、名ばかりだった皇帝はナポレオンに屈し、神聖ローマ帝国の帝冠を脱ぎ、神聖ローマの息の根を止めた。最期は自分が殺してしまったようなものだ。だから、こうして神聖ローマと同じ顔を、髪を瞳をしている子どもを前にして、冷静さを装うのが酷く難しい。ずっと、感じていた罪悪感から、目の前の子どもが神聖ローマならこの罪悪感も薄れると…そんな風に思う自分にオーストリアは自嘲する。

『自分の保身のためなら、平気でお前は色んなものを切り捨て、妥協する』

プロイセンに言われた言葉を思い出す。…ああ、本当にその通り。…でなければ、私はここにはいない。私は国なのだ。どのような謗りを受けようが、生き延びねばならない。…それでも、人であるが故の良心はある。非道に切り捨てることも出来ない。それをプロイセンは見透かしているのだろう。

それが、私の弱さだ。

プロイセンといると惨めなまでに劣等感を抱かずにはいられない。本当は野蛮で粗野と嘲りながら、そうなりたくてもなれなかった、そんな自分を認めたくも無い。

目を閉じる。そうすれば見たくないもは見えない。
耳を塞ぐ。訊きたくない言葉は聞こえてこない。

私は、私だ。

オーストリアは息を吐くと、瞳を瞬かせた。
「…プロイセンから訊きました。黒い森にいたと」
「…ああ。気が付いたら、そこにいた。…黒い、どこまでも暗い森だった。目を開けているのかも閉じているのかも解らないような。…でも、森にいたことは余りよく覚えてないんだ。…明かりが、光が射してその方向に歩いていったら、そこにプロイセンがいたことしか今は覚えてない」
淡々と答え、茶器を取る子どもを見つめる。面影を探すようなその視線に気付いているのかいないのか、子どもはソーサにカップを戻し、オーストリアを見やった。
「…怖かったでしょう。そんな森にひとりで」
「怖くはなかったと言えば、嘘になるが…他分、森はおれを守っていたんだと思う。機が来たから、森はおれを外へと出したんだ」
子どもの言葉は他人事のように淡々としている。子どもらしい表情は一切なく、言葉の端々も老成している。まるで、最後に見た神聖ローマのように。
 
 





 
 身体をばらばらに引き裂かれる痛みとは、どのようなものでしょう。

条約締結の調印の席。青い顔をして脂汗を滲ませ、それでも皇帝に付き従い、背筋を伸ばし立っていた神聖ローマは調印書に皇帝のサインが印された瞬間、声すら上げることなく、その場に崩れ落ちた。

駆け寄り抱き上げた、細り、羽根のように軽い身体は高熱を発し、意識もなく弛緩した身体は死人のよう。抱き上げた腕の中でぐにゃりと崩れるばかりだ。

…人形のようだ…。

決して、力があるとは思えないこの腕に収まった小さな身体は。そして、この「国」が「死(消失)」の過程にたったことを目の前にし、オーストリアは怯えた。

いつか、私もこうなるのでしょうか?

根底にある本能的な恐怖は、オーストリアの心を激しく乱した。

嫌だ。私はああはなりたくない。
死にたくない。

閉じることなく開かれた空色の瞳が鉛色に色を変えていく。発熱し、火照り赤かった頬は土気色になり、唇は血の気を失って乾き、体温が失われていくのをオーストリアは慄きながら、ただ見ていた。

見ているしかなかった。
 






 
「…しぬのか。おれは」

乾いて罅割れた唇を潤すためにガーゼに水を含ませ、唇を濡らす。見開かれた鉛色の瞳は天井をぼんやりと見ている。丸みを帯びた頬は削げ、愛らしかった子どもとは同じ者には見えない。小さく嗄れた声が神聖ローマから発せられたものだと言う事に気付くのが遅れ、オーストリアは言葉の意味を理解するのに数秒を要した。。

「何を言っているんですか。まだ、神聖ローマ帝国は存在しているではありませんか」
「……そんなもの、はじめからなかったんだ」
「何を馬鹿なことを…」

「……はやく、らくになりたい」

呼吸がまた細くなる。オーストリアはそれにどう答えればいいのか解らず、唇を閉じた。

「…ころしてくれ」

虚ろな瞳は空を見つめ、か細い声がひっそりと言葉を漏らす。
「何、言って…」
神聖ローマから漏れた言葉は波紋のように広がり、オーストリアの中で飽和していく。それを見、うっすらと神聖ローマは微笑を浮かべた。

「……ま、りあ、おまえなら、ひとお…いに…おれ…らくに…てくれるだ…うに」

ふっと息が切れるのと同時に、神聖ローマの瞳がゆらりと色を変え、濁る。それきり、神聖ローマが意識を取り戻すことはなかった。それでも、彼は生きていた。

まだ彼が、彼の存在が纏まりのない領邦を繋ぐものだったから、生かされたのだ。そんな惨い様を目にしながら、オーストリアは何もしなかった。ただ、こんこんと眠る神聖ローマを見ているだけだった。恐怖に慄きながら。


 

そして、神聖ローマの姿はある日突然、消えた。

「ああ、やっと…」

神が彼を…。
 安堵したのは、どちらだっただろう。

大きく開かれた窓の向こう、翻るカーテンの向こう側の空はかつての神聖ローマの瞳の色を映し、彼が昏睡にあったベッドには、黒鷲の尾羽が残るのみだった。
 
 
 





「おれにどのような名前がつくのかは解らないし、ずっとこのまま飼い殺されるのかもしれない。邪魔になれば切り捨てられるだろう」
子どもは淡々と話し続ける。自分の存在がどんなに危うい立場にあるのか理解しているのだろう。そして、諦めているのか。

『生きながらにして死んでいくってのはどんな気持ちだったんだろうな?』

名もなき国の子ども。
…この子もまた、彼と同じような運命を?

列強犇く欧州で、この子どもの存在は酷く危険だ。関われば、この身を滅ぼすことになるかもしれない。
「…世話にはなっているが、このまま、プロイセンのところに身を寄せていていいものか、正直、迷っている」
「国」としての本能がそう訴える。それでも、
「ならば、私のところにお出でなさい。野蛮で粗野なプロイセンのところでは何かと不自由でしょう。よろしければ、私があなたの面倒を見ましょう」
今や、自分は揺るぐことのない列強のひとり。あのときとは違う。子どもを保護することなど訳もない。いずれ、領邦のどこかを譲って、名前を与えてやればいい。…そう、そうすることが一番いい。この子どものためにも。

オーストリアは笑みを浮かべた。

「…本当か?」
「ええ」
「…でも、プロイセンが」
「プロイセンには私が話をしましょう」

ええ、これで全てが丸く収まるのです。こうすることが、一番いいのです。
私は、今度こそこの手を放したりはしない。
 
 
 
 
 
 


庭に連れ出したかつて一緒に戦い、剣を交えた顔馴染みの亜麻色の長い髪が冷たい風に靡くのをプロイセンは見やる。…あれから、どれだけ時は流れたのか。数十年前の戦場で見たきり、ハンガリーに合うのは随分と久しい。
「…驚いたわ。本当にあの子、神聖ローマにそっくり…」
ふわりと揺れる髪からは甘い香りが漂う。それに違和感を覚えたのを誤魔化すように、プロイセンは冬枯れした木の枝に指をかけた。
「あの子どもは、神聖ローマじゃねぇよ」
「解ってるわよ。……でも、あの子が成長してたら、今みたいになっていたのかしら?」
唇を尖らせるその顔の何もかもが、違う。あの長く苦しい戦いで、愛する男のために傷を負いながらも剣を向けてきた者とも、違う。
 
…ああ、やっぱり、女、なのだ。

と思う。それに、自分は安堵しているのか、落胆しているのか…。

「さあな」

プロイセンは素っ気無い返事を返す。

…昔はお互いの背中を守り、時には反発しながらも、ずっと一緒に背中を合わせて戦っていくのだと思ってた。あの日までは。

『…笑えよ。オレ、女だったんだ…』

ひらりと目の前で翻ったのは見慣れた騎士の略装ではなく、若草色のスカート。中途半端な長さの乾いた髪には不釣合いな花飾り。

『どうして!!お前とずっと…、一緒にいたかったのにっっ……』

叫び、慟哭の果て、知っていながら告げずにいたマリアを、この世界を憎んだマジャルはもういない。

プロイセンは指を掛けた枝を折る。

マジャルは死んだ。

男でも女でも関係なかった。背中を預けられるのは、こいつだけだと思ってた。ずっと一緒に戦っていくのだと思ってた。

手を振り払ったのは、マジャル。
その手を追わなかったのは、マリア。
 追えなかった。自分の良く見知ったマジャルはいなかった。
そして、もう元には戻らない。
だって、大好きだったマジャルはもういない。

ずっと自分が欲しかったものは、今、この手の中にある。

過ぎた感傷は邪魔なだけだ。
 戻らぬ乾いた音が冬枯れの庭に響いた。
 
 
 
 



オワリ





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