降り出した雪は町を白く染めていく。ハンガリーを駅まで送って、プロイセンはアパートにひとり戻る。駅からアパートに戻る通り道、クリスマスマーケットで賑わう公園を見やった。
一週間前、この公園で会えば話をするようになった老人が西に娘の結婚式に行くのだと言う言葉に、勝手に口が滑って「西にいる知り合いに手紙を届けて欲しい」と口にしてしいた。老人は快く引き受けてくれた。雑貨屋に飛び込んで、目に付いた聖母マリアのステンドグラスのポストカードにメッセージをその場で書いて、封筒に納め、居るかどうかも解らない西ベルリンの住所を書いたメモと不躾だとは思ったが手持ちのマルクを差し出した。老人はマルクは受け取らず、手紙と住所のメモを受け取った。
「娘の住む家から通り一本しか違わないですし、私が直接、届けますよ」
「有難う。これも、少ないが受け取ってくれ」
「それは受け取れませんな。その昔、あなたに私は世話になりましたからな。…ケーニヒスベルクから出る船の上、身を案じておりました。また、生きてお会い出来た。…それだけで十分です。バイルシュミット上官」
老人の鳶色の瞳が緩むのにプロイセンは目を見開き、小さく笑った。
「…覚えてたのかよ。…ヤン」
「ええ。どうして、忘れることが出来ましょうや。あなたがいなければ、一週間後に結婚する娘は生まれてはいなかったでしょうしな」
老人は目を細めた。
「…そっか。…でも、離れ離れなんだな」
「仕方がありません。ある日、こちらに帰って来れなくなった。…それだけのことです。空は繋がっているし、こうして会うことも出来る。今は時代が許しませんが、いつか祖国がひとつになる日がくることもあるでしょう。…私は信じておりますよ」
「…有難う。俺もその日が来ることを誰よりも願ってる」
地を分ける壁が空をも分けることなど出来はしない。この空を弟もどこかで見上げているかもしれない。
「…馬鹿だな」
プロイセンは呟く。読まれる当てなどないままに衝動のまま、言葉を綴った。
どうか、俺の可愛い弟が幸せでありますように。
すべての災いはこの身に。
すべての幸福は弟の為に。
今も昔も褪せることのない願いと祈りと、望みを込めた。
あのメッセージは届いただろうか?届かなかっただろうか?
プロイセンは空を見上げる。
ふわりと羽毛のように雪が降ってくる。その雪はプロイセンの頬を滑り、涙の代わりに地に落ちた。