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「Axis Powers ヘタリア」の二次創作を扱う非公式ファンサイト。
19 . May
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19 . August

たまには日普もいいんじゃない?
蝉の声を耳にしながら思った次第。









拍手[21回]



 
 
 蝉時雨が今日も朝から、喧しい。
 
 庭先から聴こえる蝉の声に日本は目を細めた。そして、ふっと見慣れた背中が見えないことに気付く。ここ最近、賑やかになった庭先に半年程前から滞在しているプロイセンの姿が見えない。手動の団扇を放り投げ、暑いと喚くプロイセンに打ち水の風習を教えたのは先日の事だ。プロイセンのその水撒きは豪快で本人すらびちょびちょになってしまうようなそれが気に入ったのか、今日も張り切って水撒きをするのだと言っていたが…。縁側へと出てみれば、打ち水で冷やされた風が吹いてくる。庭先には水溜りがいくつか出来て、泥まみれの赤い鼻緒の下駄が沓脱石の上をひとつは転げ落ちている。日本は庭に下りるとその下駄の泥を手水の水で濯ぎ、揃えた。そして視線を返せば、板敷きには泥の付いた足跡。それを辿れば、プロイセンの寝室にと用意した部屋の前の縁側の板敷きに泥の付いた白い足が投げ出され、伸びているのが見えた。
 
「…こんなところで」
 
柱に凭れ、午睡に身を委ね眠りこけるプロイセンに日本は僅かに口元を緩める。プロイセンの傍らには日本の飼う犬が寄り添い、日本に気付いて、目を開け、尾を振って、また気持ち良さそうに目を閉じてしまった。それを見つめ、日本は視線を移す。静かに眠るプロイセンの顔を眺める。普段の賑やかなまでに喜怒哀楽に激しい表情は今は為りを顰め、緩んだ口元からは寝息が漏れるばかり。特注で仕立てた白地に蜻蛉の飛んだ浴衣が気に入ったのか家に居るときは普段着のように着ている。最初こそ股間がすうすうするだの、足元が心もとないだの文句を言っていたが、島国の土地ならではの夏の蒸し暑さにこの服の方が快適だと気付いてからは、日本を伴い呉服屋に赴いて生地を選んで何着か仕立てさせるほどに気に入ったようだ。
(…美しいひとですね)
…白皙のとはよく言ったものだ。白人特有の白い肌をしているが、その中でも一際、白磁のような滑らかな色をしている。その頬に影を落とす睫毛は日差しに薄い飴色に光り、淡い色をした唇が目を引く。そして、無造作に曝け出された胸元や脚に自然と目が吸い寄せられる。曝け出された醜く引き攣れた傷跡。その傷がその美貌を損なうことはなく、逆に際立たせている。どんなに惨い戦場の血で汚れた修羅場にも美しいものは必ずあるのだ。醜いもの、惨いものに視線を取られ、それには気付けないだけで。馬を駆り、その手に銃を、剣を携え、手を汚し、それを厭うこともなく寧ろ、戦場に自分の活路を見出し、切り開いて行った強いひと。そんなひとが醜いはずがない。
(…軍神になった聖母…、あなたの成り立ちは私には想像も出来ません…)
昔話だと、酒の肴に遥か遠い昔の記憶を語るプロイセンの赤には酔いが見えた。元は聖地に程近い町の修道会で戦場で傷ついた騎士たちの世話を修道女と一緒にしていたこと、遠征が失敗し、居場所を失い困っていたところを救ってくれたのが神聖ローマだったこと。それから、居場所を探して東方へ活路を求め、色々と遭ったこと。…国になるまで、本当に時間が掛かったことをぽつりぽつりと遠くを見るような懐かしむような目をして、プロイセンは杯を重ねる。
(…私も、長く生きてますから、それは色々とありましたけれど、あなたに比べれば微温湯のような年月ですね…)
国という立場を脅かすものも、存亡の危機に立たされることもなかった。ただ、時の権力者に翻弄され、流されるままに安穏と存在してきた。
(…あなたは生の大半をずっと国であろうと、国になろうと足掻いてこられた、渇望して生きて来た。…なのにどうして、それを潔く諦め、あの年若き国へと代を譲ろうとしているのか…。いつか、あの少年があなたを必要としなくなる日がくれば、国民があなたのことを亡国と忘れてしまえば、あなたは失われてしまう。あなたがあなたのすべてを持って築いてきたものを失うのは怖くはないのですか?…何故、笑っていられるのですか?)
ゆっくりとその身に滅び逝くものの気配を纏い始めたプロイセンに悲観や悲壮さはない。清々しい顔をして、弟を自慢し、立てる。一種の悟りにも近い何かを持って、笑んでいる。それが、見る者に寄って潔くも、どこか物悲しいのだ。
(…あなたの弟君はあなたがこの世界から去り逝こうとしていることをどう思っているのでしょう?)
一際眩しい夏の光が照らす庭。濃い緑に水滴が反射する。いつもと変わりなく降り注ぐ日差しが不意に暑い雲に遮られ、翳る。日本は目を細めた。
(…私は、去り逝こうとしているあなたを引き止める術すら知らず、それなのにいつまでもこうしていられたらと叶いもしないことを望んでいる。…ああ、どうして…)
 
 
 
 あなたを好きになってしまったのだろう…。
 
 
 
 触れた唇の冷たさに日本は、ハッと我に返り、身を引き、唇を押さえた。乾いた唇の触れた感触が火傷の様に痛く、ばくばくと煩く心臓が鼓動を打つ。
(…私は、何を…)
プロイセンを恐る恐る見やれば、僅かに眉根を寄せただけで、また緩めて、寝息を立てる。それにほっと胸を撫で下ろして、日本は苦笑する。
「…魔が差しましたね」
翳を払うように、再び眩しい夏の光が満ちる。日本は呟きを漏らし、上掛けを掛けてやろうと腰を上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あの何時だかの夏の日を再現したような光景が目の前にあった。
 
 覚えるのは既視感か。水溜りの出来た庭には青いホースが転がり、赤い鼻緒の下駄が泥まみれに片割れが沓脱石の下へと転がり落ちている。縁側の板敷きには泥の付いた足跡。長居をするときには勝手知りたる既にプロイセンの私室と成り果てた和室の前、泥に塗れた素足が板敷きに伸びている。
「足は拭くか、洗うかして下さいと何度お願いすれば覚えて下さるんですかねぇ」
溜息ひとつ零して、日本は投げ出された下駄の泥を手水の水で流し、沓踏石に揃える。板敷きを拭き、泥のついたままのプロイセンの足を取る。趾の間まで清めて、ふと視線を上げる。着乱れた浴衣は自分が贈った白地に蜻蛉の飛ぶ意匠のもの。長い月日が経ち、幾分生地も草臥れてきた初めて、自分が彼に贈ったそれをプロイセンは相変わらず好んで着てくれている。それが擽ったくも嬉しいと思う。…そして、自分の身にまた短いような長いような月日が流れて、起こった変化に気付き、面映くなる。
(…触れることが怖かったのに、)
何も躊躇うことも、恐れることも、許しを得ることすらなく、プロイセンに触れることが出来るのは関係が変わったからだ。…日本はそっとプロイセンの頬を撫でる。汗を薄っすらと掻いた額を指先で拭い、湿った髪を梳く。
(…何て、愛しいのだろう)
あのときとは違う感情。プロイセンに対する想いはこんなにも変わってしまった。この世界を去り逝くことを止め、留まることを選んだプロイセンは出会ったときとはまた違う清々しさで、日本の傍らにいる。混迷の時代を切り開いていく力を教授する師ではなく、…恋人…と言う、新しい関係を持って。あの日感じた暗い絶望が嘘のようだ。夏の日差しのように、この世界は光に満ちている。思う存分、愛でるように髪を梳いて、頬を撫でると日本は上賭けを持ってきてやろうと立ち上がる。そして、足を踏み出して、ついっと裾を何かに掴まれ、振り返った。
「…プロイセン君?」
指先が着物の裾を掴んでいる。その指先を辿れば、鬼灯の実のような赤い目が瞬き、日本を見上げた。
 
「…キスはしねぇのか?」
 
掠れた揶揄いを含んだ声に日本はさっと頬を上気させた。それをプロイセンが面白そうに見やり、にやりと口端を歪めるのを日本は睨んだ。
「…起きてたんですか」
「寝てたぜ。お前の手が離れていくから目が覚めた」
こんな酷い殺し文句はない。本当にこういうところは憎たらしい。
「…あのときも、起きてたんですか?」
「…ま、気配には敏感だからな。でもなんか、お前が思い詰めたような感じでいるから目を開けられなくてな」
「…嫌じゃなかったんですか?」
あの時はただの師弟で、片想いで、気持ちを知られればすべてが終わるのだと思っていた。
「嫌だったら、反射的に殴ってるだろ。…ま、なんつーか、犬か猫かにキスされたような感じだったし」
「…犬、猫…ですか…」
どう言葉を返せばいいのか解らず、日本はプロイセンを見下ろす。プロイセンは日本の心情など知るでもなく、つんっと掴んだままの裾を引っ張った。
「何ですか?」
それにじとりと視線を返せば、プロイセンは機嫌の良い猫のように目を細め、笑う。
 
「しねぇの?」
「…しますよ」
 
ああ、まったく性質の悪いひとを知らず知らずに好きになってしまったものだ。それが嫌ではないから困る。…日本は腰を折った。
 
 
 
 
 
 






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