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「Axis Powers ヘタリア」の二次創作を扱う非公式ファンサイト。
19 . May
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09 . May


二杯目にこっそり登場していた人物と兄さんのお話。









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 普段は鳴りもしないドアベルが鳴り、儂は読んでいた本から顔を上げた。薄暗い店内に長身の影が見える。開いたドアから差し込む明かりに腰に付けた鎖らしきものが光り、目が痛い。格好を見れば随分とだらけた格好をした若い男だ。その男はぶらぶらと店内を物珍しげに見渡し、棚にあったマイセンのカップに目を留めた。
 
「…お、コレ、親父が使ってたヤツに似てんな」
 
男はカップを暫し眺め、それから宝物を探すような顔をして、再び店内を歩き始め、柱に下がる時計の前で立ち止まった。そして、その柱時計を熱心に見やり、感嘆したように息を吐いた。
「…まだ、残ってたのかよ」
鷲の飾りが付いた木目の黒が美しいその柱時計は紆余曲折を経て、戦後、蚤市に出ていたものを時計職人だった儂の親父が購入したものだ。親父が購入した時、扉の硝子は割れていたが中は無事で、大切にされてきたらしく部品に欠品はなく、付属品であるぜんまいとケースの鍵が香箱に収められていた。おそらく、没落した貴族の家から流れてきたのだろうと親父が言っていた。週に一度、ぜんまいを巻き、月に一度は油を注す。親父が亡くなってからその習慣は儂が引き継いでいる。この時計は飾りであって売り物などではない。
 
「爺さん、」
 
男が儂を振り返る。そのとき儂はやっと男の容貌を見ることが出来た。銀髪、赤い目…悪魔のような色をしている。異質。だが、妙にこの場に溶け込み、ずっと前からここに居たような、以前から隣人だったかのような気安さで、男は儂を呼んだ。
「何だね?」
むっつりとわざと不機嫌な顔でじろりと睨む。大概の一見様はそれに怯んで退散するが、男はケセッと妙な笑い声を上げて、目を細めただけだった。
「この柱時計、どこで手に入れた?」
「戦後、蚤市で親父が買うてきた」
簡潔にそう答えれば、男はふーんと頷き、目を細めた。
「香箱は付いてるのか?」
「付いておる」
「それは、素晴らしい!何せ、この柱時計、特注品だからな!」
ベラベラと自分の所有物のように自慢げに捲し立てる男が言うには、普仏戦争にプロイセンが勝利した記念に作らせたもので、鷲の飾りはプロイセンの国旗に描かれた黒鷲であり、ケースの塗装はの木目の美しさを活かすために態々日本まで送り、漆を塗らせたのだと言う。ぜんまいとケースの鍵を収めた香箱にも漆を塗り、中の機械はスイスの時計職人に発注し、ケースの鍵の頭には時計と同じく黒鷲の意匠を誂え、ぜんまいにはシルクの赤いリボンを通した。…男の言うとおり、鍵には王冠を冠った鷲が、ぜんまいの穴には経年により擦り切れた赤いリボンが結わえられていた。…一体、何故、この男はこんなにもこの時計に詳しいのだ?
「この時計の文字盤の裏には、1871年1月18日、ドイツ皇帝が即位した日の刻印と新しい国家の誕生を祝う言葉を彫った。弟に送った品だ。…空襲で家をやられたから、コイツも壊れたもんだとばかり思ってたが、まだ生きてやがったか。ハハッ!」
男の言う通り、普仏戦争に勝利した日ではなく、プロイセン国王がヴェルサイユ宮殿で盛大な戴冠式を行い、ドイツ皇帝へと即位した日が彫られ、新しい国家の誕生を祝う言葉が綴られていた。
「お前さん、何でそんなことを知っておる?」
その時計に男は指一本、触れてはいない。中を開けなければ文字盤裏の言葉を知る事は出来ない。そして、時計とは別に香箱は手元に保存してある。自分以外にこの時計の事を知るものがいるとするならば、疾うの昔に故人となった親父とこの時計を作らせた本人だけだろう。
「さあ、何でだろうな?」
男は口端を上げて、意味有りげに笑う。それに鼻白めば、男は肩を竦めた。
「…コレ、売り物か」
視線を時計に戻し、男が言う。
「ただの飾りだ。誰にも売るつもりはない」
親父が大事にしていた時計だ。売るつもりなどない。何人か、欲しいという客がこの男の他にもいたが全て断ってきた。
「譲って欲しんだけどよ。言い値で買うぜ?」
「金には別段、困っとらんのでな。売らんもんは売らん」
素気なくそう返せば、男は憤慨するでも諦めた風でもなく、時計を見ている。
「…店の一等地にコレ、飾りてぇな。…ヴェスト、絶対、驚くだろうし」
独言か、男が小さく呟く。
「…ま、気長に行くか。…爺さん、」
視線が移り、赤が細められる。警戒すれば、男は笑い、先程眺めていたマイセンのカップを指さした。
「あのマイセンは売り物か?」
「430€」
「…結構、いい値すんのな。安くなんねぇの?」
「380」
「350にしねぇ?」
「360だな」
「そこをなんとか。爺さんにこのカップ、提供してやるからさ」
「提供?」
その言葉に訝しげな顔を返せば、男は初めて「あぁ」と本来の目的を思い出したような顔をした。ぶらりと訪れた冷やかしの客ではなかったらしい。
「目的をすっかり忘れちまってたぜ。そこの角でカフェやってたエルマーが息子夫婦んとこに住むっていうことになって、店、買って、俺がカフェを引き継いだんだ。近所に挨拶しとこうと思ってよ」
「…ああ、そう言えばエルマーが昔、世話になったひとに店を買ってもらったと言っとったな…」
昔、世話になった…と言う言葉に違和感を覚える。男は若く、22、23にしか見えない。
「おう。カフェって言っても、当座はコーヒーしか出さねぇけどな」
…で、と、男が続ける。
「350にしねぇ?」
「…200にしてやる。出すもんが不味かったら、430だ」
この正体の知れない男に儂は興味が湧いた。
「おう、いいぜ!」
交渉成立。男は笑うと、
 
「ギルベルト・バイルシュミット」
 
と、名乗り、包んだカップを抱え、帰って行った。
 
「…ギルベルト・バイルシュミット…」
 
その名前を儂は知っていた。柱時計のケースを開け、文字盤を外す。その文字盤の裏…、
 
 
 
 
18.1.1871
 
親愛なる弟 ルートヴィッヒへ
 
ドイツ帝国に栄光あれ。
プロイセンは常にお前と共に在る。
 
 
ギルベルト・バイルシュミット
 
 
 
 
 
刻まれた言葉と名前。
 
「…まさか、な…」
 
一陣の風のような男の出ていったドアを見やる。偶然と片付けるには、余りにも不可解な出来事だった。まるで、悪魔に騙されたような…。悪魔だと思ったが、あの男は確かに存在している。…儂の目の前に。
 
 
「爺さん、時計、譲る気になったか?」
「…ならんな」
「チェッチェーのチェー。…まあ、いいけどよ。俺以外の奴に売るなよな!」
 
 
男は好き勝手に、客に訊く口かと思うような馴れ馴れしい口ぶりで話しかけてくる。カウンターにはあの日、男が買っていったマイセンのカップがある。不思議とこの男の淹れるコーヒーは飲む度に味が変わるが、美味い。
 
 
 
 
 気がつけば、この店の常連と成り果てている儂が居た。









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