「無邪気に真剣」
「君の手は傷だらけだねぇ」
ドイツの代理でアメリカ、ワシントンDCを訪れたプロイセンは小さな会議室の机の上に持ち帰る書類を広げ、書類に間違いがないか目を通している真っ最中。それを退屈そうに眺め、アメリカはぽつりと口を開く。それにプロイセンは顔を上げ、アメリカを見やった。
「…あー、ま、きれいな手じゃねぇな」
手の甲に走る傷、細かい傷が多く、指先は固い。戦地を駆け巡り、戦うということを止めてかなり経つが、この体に染み込んだものはそうそう薄れてはいかない。騎士だった名残は今も手に残る。…空いた右手を温かい、子どものような熱を持ったアメリカの手が掴み、指を絡ませる。それにプロイセンは目を細めた。
「お前の手はきれいだな」
「…そうかい?俺はきみの手がきれいだと思うよ」
傷一つない指先。張りのある皮膚。冷えた指先に滲みるアメリカの体温が重なる。それがひどく新鮮に思えて、プロイセンは目を奪われた。
「ちぇ、俺のほうが大きいって思ってたのにな」
アメリカが手のひらを重ねあわせる。プロイセンの指先がアメリカの指先よりもほんの少し長い。それを見やり、アメリカは口を尖らせた。
「厚みはお前のほうがあるじゃねぇか。いい手だ」
子どもの手がそのまま大きくなったようなアメリカの手。それに比べ、痩せた自分の手は貧相に見えた。この手は昔はもっと厚みがあったし、節くれ立って剣を握ってきた。それを懐かしくも思うが、剣を握る必要がなくなったことに後悔はなかった。
(…まあ、亡国と現役じゃ、違うわな…)
枯れていくだけの手。これからも伸びゆくであろう若い手。それでもほんの少しだけ、プロイセンは羨ましく思う。
「そう?でも、俺の手より、きみの手の方が格好良いよ!」
想いを見透かしたか、アメリカが言う。その言葉にプロイセンは微笑う。
「ダンケ」
その言葉にアメリカは子供扱いされたと感じたのか、唇を尖らせたが、悪戯を思いついたような悪童の顔になる。その顔に一瞬の警戒が過るが、子ども相手にムキになるのも馬鹿な気がして、アメリカの児戯に付き合ってやろうとプロイセンは鷹揚に構える。掴まれたままの手をアメリカが撫で、指先を取り、恭しく持ち上げる。…どこかで見たことがある、作法だ。…それが何だったか思い出そうとしている間に、ゆるゆるとアメリカの頭が傾ぐ。…手の甲に押し付けられた柔らかい感触が、唇だということを認識するのに暫しの時間を要し、プロイセンは赤を瞬き、明るい金色の前髪を揺らし、顔を上げたアメリカを見やった。
「きみの手が好きだよ。もちろん、他のところも色々、好きだけどね!」
手の甲に落とされた口付け。プロイセンはアメリカを見つめる。…今、さらりとすごいことを言われたような気がするのは、気の所為か?
「…そうか」
「うん! だから、俺のことも好きになってね!」
言葉はひどく明るく軽いものなのに、そう言ったアメリカの目だけは真剣でプロイセンは言葉に詰まる。右手はアメリカに囚われたまま、奪還出来ずに遊ばれている。弟とは違う、無邪気さに戦意が湧くはずもなく、プロイセンは自分の耳がひどく熱を持っていることに気づかぬまま、書類に再び視線を落とした。
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