18指先:賞賛(親父)
キス題16の続き。
悩む女普と何か開き直ってる若フリ。
シリアスな展開になるはずだったのに、お前ら、もう結婚しちゃいなYO!…な、感じになってしまった。オカシイ。
三部作で、次のお題で完結予定。
[8回]
「ラスト・ワルツ2」
一睡も出来ないまま、夜が明けた。鏡台に立ち、鏡に映る自分の酷い顔にプロイセンは小さく笑うと引き出しを開けた。引き出しの中には短刀が忍ばせてある。
(…男に生まれたかったな。…そうすりゃ、こんな感情…)
抱いたところで叶う事などない。王と国家、その枠組を超えることなど自分に出来るはずもない。気づいてしまった感情を切り捨てることも出来ず、それを隠し通せる自信もない。自分が揺らげば、この国も揺らぐ。
私は、戦うために生まれた。
だから、こんな感情を抱いてはいけない。封印をしなければ。そして、なかったことにしてしまえばいい。一時の迷いだったのだと、女を寄せ付けぬ彼にとって、自分は近すぎたのだ。分は弁えなければ、己の身を滅ぼすことになる。身の破滅はこの国の破滅だ。プロイセンは鞘を引き抜くと、白刃を無造作に掴んだ髪へと入れる。一房、一房、銀糸が床に落ちて散らばる。
(…ゾフィー、ごめんな)
髪を伸ばすようにプロイセンに言ったのは、初代プロイセン国王フリードリヒ一世が二番目に迎えたブラウンシュヴァイク=ハノーファー公女ゾフィー・シャルロッテ妃だった。聡明で見識を備えた彼女が開いたサロンには当時の一流の芸術家や学者が集まり、ベルリンの学芸は大いに盛んになった。またフリードリヒ一世も、彼女の影響もあって科学と芸術の振興に務め、一地方にしか過ぎなかったベルリンを「シュプレー河畔のアテネ」とまで言わしめるようになっていた。
『…ねぇ、プロイセン、あなた、髪を伸ばしてみたら?』
彼女が開いたサロンの末席に加わり、談笑に加わっていた時のことだった。やわらかな陽の光が差し込み、供された紅茶のカップに口をつける春のうららかな一日。突然、発せられた言葉を咀嚼し、プロイセンは首を傾けた。
『手入れ、面倒臭ぇし、戦に出るとき、邪魔になるだけじゃねぇか』
『手入れなら、女官がやってくれるじゃない。前から思っていたのだけれど、あなたの髪の色、とってもきれい。きたきら反射して、陽光を浴びた水面のよう。…長い髪のあなたを見てみたいわ』
無邪気に微笑む彼女に、周りも同調する。自分は戦うために生まれた。髪を伸ばしたことなど一度もない。血を浴びれば、それを落とすのに時間が掛かるし、接近戦になり髪を捕まれれば、不利に働く。唯でさえも女というだけでハンデがある。男の格好をするのも口調の粗野さも、男所帯で身につけざる得なかった処世術だ。それを今更、変える気はない。そう言えば、彼女はおっとりと口を開いた。
『…いつ何時、戦争になるかもしれない。それは解るわ。今は平和な時だからこそ、あなたは女性としての教養を受けるべきだと思うの。女の処世術を知って、損はしないと思うわ。時には女を利用して、立ちまわるのも賢い方法だと思わなくて?』
成る程、言われてみれば一理あると思い、他国の連中に礼儀知らずと侮られるのも癪で一通りの手ほどきをプロイセンは受けることにした。会釈から、食事のマナー、男のあしらい方と学ぶことは多岐に渡り、根を上げそうになるのに苦労した。…その結果、片意地を張って男であろうとしてきて、女であることを否定してきたが、少しだけ、自分の中の女の部分を許せるようになって楽になった。今まで、女であることが堪らなく嫌だった。女だと言うだけで、男所帯の中では酷く浮いて、他人には言えないような嫌な思いも散々してきた。どう努力したところで、性別が変わることはない。男のように振舞ったところで、結局は女だと侮られる閉塞感に息が詰まりそうだった。それが少しだけ、息をするのが楽になり、今まで目を背けてきたきれいなもの可愛いものを、素直にきれいだと、可愛いと言えるようになった。…それでも、変えられないものがある。自分は女であってはいけないのだ。
(…私が国じゃなかったら、)
そんなことを考えてしまう。ずっと前から気づいていた。フリードリヒの青が何を見つめているのか、追っているのか。ずっと、気づかないふりをしてきた。でも、昨日、知ってしまった。彼の心がどこにあるのかを。でも、それに自分は応えることは出来ないのだ。
最後の一房を切り落とし、プロイセンは鏡に映る自分を見つめる。魔女が掛けた魔法は解けて、見窄らしい形の少女が鏡に映る。
「…私は、」
鏡の中の少女は寂しげに微笑い、頬に触れようと指を伸ばす。伸ばした指先は届かずに落ち、ぎゅっと拳を作る。目を閉じ、息を詰める。プロイセンは顔を上げ、鏡を見つめる。鏡の中に寂しげに微笑う少女の姿はもうなかった。
人気を払った礼拝堂。即位式を前に、プロイセンに呼び出されたフリードリヒは礼拝堂のドアを開く。夏の眩しさを纏い始めた光が満ち、ステンドグラスの聖母が纏う青い衣の色が中の人物に色を着ける。フリードリヒに気づき、振り返った影にフリードリヒは開き掛けた口を閉じた。
「…準備で忙しいところを呼び出して悪かったな」
「…いや、大丈夫だ。…ところで、その髪はどうしたのだ?」
昨夜まで、肩を落ちていたプロイセンの銀糸はばっさりと切られ、首筋も露わに風通しが良くなっていた。
「暑くなってきたし、切った」
そう言葉を返され、フリードリヒは眉を寄せた。
「…私の所為か」
「違う」
「私がお前を愛することを許さないと言うことか」
長く美しかった髪を切り、少年のような姿でいると言うことは、意を決して口にした告白を受け取っては貰えなかったのだ。フリードリヒは唇を噛む。それに、プロイセンは頭を振った。
「違う!」
「何が違うと言うのだ?」
悲しげに自分を見つめる青に、プロイセンは赤を歪ませた。
「…嬉しかった。震えるほど、ここで死んでもいいと思うくらいに、嬉しかった!」
嬉しかった。彼の言葉が。誰にも愛されなかった、許さなかった心が震えるほどに。
「なら、何故…」
フリードリヒはその言葉にプロイセンを見つめた。
「俺は国、人為らざる者だ。お前はひとだ。…お前に心を渡してしまったら、お前がいなくなった後、俺は生きていけなくなる…」
交われどもいつかは違えることを、知っている。どんなに望めど、願えども、一緒に老いることも、逝くことも出来ない。出来ることは見届け、看取るだけ。…愛したひとの後を追うことは自分には出来ないのだ。
「…プロイセン」
顔を被ったプロイセンを、フリードリヒは見つめた。
「…未来のことを考えると苦しいんだ。だって、皆、俺をおいていなくなっちまう。悲しいのは嫌だ。苦しいのも、嫌だ。…考えないようにして、ずっと生きてきたんだ。今まで、奪いながら生きてきたのに…怖い、お前がいつか天に奪われることが怖い。…お前がいなくなったら、俺、壊れる…」
祖父の死にも、父の死にもプロイセンは立ち会わなかった。…それは、残される者の辛さを回避するための手段だったのだろう。嘆きにも似た告白にフリードリヒは唇を噛む。
(…何と、残酷なことを私は彼女に望んでいるのか…)
非道いことをしていると言う自覚はある。だが、昏い喜びが心に満ちるのを止めることが出来ない。彼女は忘れない。自分を忘れることが出来なくなる。彼女の頬に残る傷のように、彼女の心に自分が癒えることのない傷を付けるのだから。
(…なんて、愛しいのだろう…)
今、初めて、心から、プロイセンを愛しいと思う。彼女を欲しいと願って止まなかったのは、父に対する復讐心からだった。それがどうして、こんなにも変わってしまった。煩わしいと思ってきた女の性すら気にならぬほどに、ただ、愛しいと言う想いがフリードリヒの中で溢れる。
「…解ってるのに、ただ、そばに居たいんだ。でも、俺は国だから、女として、お前のそばにいたら駄目なんだ…。だから、」
顔を上げ、言い募るプロイセンを衝動的に抱き寄せ、言葉を唇で塞ぐ。赤が大きく見開かれ、固まる。戦慄く蕾のような唇を吸って、離れると、プロイセンはフリードリヒの胸を突いて唇を覆い、今にも泣き出しそうな顔でフリードリヒを睨んだ。
「…お前っ、何っ!」
「私は悔いのないように生きたい。お前のためにも、自分のためにも」
目を見開いたまま硬直しているプロイセンの目尻に浮かぶ涙を拭おうと伸ばした指先を容赦なく、振り払われる。それにフリードリヒは苦笑した。
「意味、解んねぇー!…ってか、もう、何なんだよ!ファーストキス、返せ!!」
我に返ったように顔を真っ赤に怒鳴るプロイセンにフリードリヒは驚いたように目を見開き、笑う。それに益々、プロイセンは顔を赤くし、フリードリヒを睨んだ。
「君のファーストキスが私で、何たる光栄。その光栄なる日に、君の王になれることを嬉しく思うよ」
「茶化すな!…ってか、俺、本当に真剣に悩んだのに!悩んでた俺が馬鹿みたいじゃねぇか!」
「悩むだけ無駄だよ。プロイセン、私は君を愛すると決めたのだ。…君が後に苦しむことになろうとも…」
フリードリヒはプロイセンを指先を取り、跪いた。
「…どうか、別れのときがくるまで、私のそばに。私は君を幸せにすると、君に誓う」
指先に落ちる口づけ。懇願するように上目遣いに見上げる青。…プロイセンは唇を歪め、その青を睨む。
「…絶対だからな」
「絶対だ。君を欧州一の幸せ者にしてみせるさ」
にこりと笑う青に、「負けた」と息を吐き、プロイセンはフリードリヒを立たせると、膝を折り、フリードリヒの纏うマントの裾を取った。
「付かず離れず、王であるお前の傍に。俺はお前の盾となり、剣となり、その身を守ると誓おう」
その裾にプロイセンは視線を伏せ、口づける。それにフリードリヒは頷き、プロイセンの手を取った。その指先に今一度、口づける。
「…有難う。プロイセン」
その言葉にプロイセンは泣き出しそうな顔で笑う。フリードリヒはそっと、プロイセンの頬を撫で、唇に触れる。
覚悟は出来ている。
誰にも許されなくていい。最後に苦しみ、悲しませることになっても…。
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