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「Axis Powers ヘタリア」の二次創作を扱う非公式ファンサイト。
19 . May
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21 . June
ピアニスト ローデリヒ・エーデルシュタインに「私のお気に入りの場所」についてのインタビュー





拍手[7回]




 その小さな喫茶店は、ベルリンの大通りを外れた小さな路地に面した通りにあります。喫茶店は看板すら出しておらず、ドアノブに「営業中」の札だけ掛かった、一見だけでは何の店なのか解らない不親切な、おまけにメニューはたったの一種類、店主が勝手に入れたコーヒーのみと言う、喫茶店と言っていいのか解らない店主であるギルベルトの怠慢さが良く出ている店なのです。なのに、常連客は少なくなく、いつ行っても、ひとり、ふたりと顔見知りになってしまった客がいるのです。私は不思議で仕方がありません。

 その店の店主、ギルベルトと私とは、何と言ったらいいのでしょうね…、本当に仲が良くないのです。私は彼の傲慢で粗野なところが許せず、彼は私の気取った…私は気取っているつもりなどないのですけれど、そういうところが気に触ると、所構わず喧嘩を仕掛けてくるような方で、エリザベータ…、彼女は彼の幼馴染みで、彼女は私と一時期、婚姻関係にあった方です…そのエリザベータ曰く、私と彼は水と油、互いに気が合わず反発し合って、異質でとけ合わないそうですよ。…私もそう思います。彼と私は本当に真逆ですから。似ているところなど、どこを探しても見つかりませんしね。

 あ、ひとつだけ、ありましたね。私と彼との共通点が。そう、たったひとつだけ。彼が愛してやまない弟、ルートヴィッヒを、私もまた家族のように思って愛しているということです。ルートヴィッヒは私、そして彼とも血の繋がりはありません。ですが私にとっても、彼にとても、大事なひとなのです。

 そのルートヴィッヒを間に挟んで、彼と私はほんの僅かな間ですが、同居していた時代がありました。私と彼の仲を知る知人や友人は驚いて、大丈夫なのかと心配していましたけれど、私は然程、気にしてはいませんでした。私はルートヴィッヒと暮らせることが嬉しくて、彼のことなどどうでも良くなっていましたから。彼はそれに苦虫を噛み潰したような顔をしていましたね。その顔を見るのも私には楽しかった。彼と私とは色々、ありましたから、その顔を見ることで過去の溜飲を下げていた気がします。

 同居は、…初めのうちは順調ではありませんでした。私は生活の殆どを使用人に任せるような生活を長年送ってきた所為か、身の回りのことが余り出来ず、ルートヴィッヒには随分と手間を掛けさせてしまった。それが気に食わないらしく、彼は私に文句ばかりつけてきていましたね。彼とは言い合いになる日々。ルートヴィッヒが仲裁に入り、事なきを得ていたような感じです。目を合わせれば、取るに足らない些細な事で口喧嘩ばかりしてましたね。…流石に取っ組み合いの喧嘩にはなりませんけど、彼は理不尽に口が達者でしたし、私も結構長いこと、辛辣な場に身を置いてきたものですから、それなりに、私も口が悪いもので、彼と口論になると終わりが見えなくて、…え、そんな風には見えない?…そうですか?…よくおっとりしていると言われますけど、ギルベルト曰く、私は腹黒いんだそうですよ。…まあ、当たらずとも遠からずでしょうかね。…最初は顔を合わせる度に、突っかかってく彼の相手をするのも面倒でした。顔も見たくないと言いながら、彼は嬉々として私に突っかかってくるんですよ。私は平和主義者なのです。出来るなら、平穏な日々を送りたいと望んでいるのに、彼は何かと言っては波風を立てたがる。…まったく始末におえません。…ある日、本当に唐突ですが、彼が私に突っかかってくる訳を考えたんですよ。そして、ひとつの結論に至りました。

 好きの反対は嫌い。愛憎という言葉がありますが、憎しみは愛に比例するもの。それだけ相手に関心があると言うことです。彼が私を本当に嫌っているのならば、私を徹底的に無視すればいいのです。…彼は本当に関心のないものには徹底して冷徹な部分がありましたから、居ながらにして私の存在をないものにすることなど、簡単なことだったでしょう。それを彼はしなかった。それどころか寧ろ、私との口論を楽しんでいるようでした。彼と私の会話は皮肉と悪態の応酬でしたが、彼は決して、私が触れて欲しくないところには触れてこなかった。それが解ってからは、私も彼との口論を楽しむようになっていました。

 思えば、彼と私とは本当に長い付き合いなのです。その付き合いの中、本当に色々とありました。彼と私にしか解らないことも、同じ悲しみを、喜びを共有してきたのです。

 こういう関係も悪くはないのでは?

 そう思ったら、私にも余裕が生まれました。それからですかね。彼と私の関係が少しだけ良いものになったのは。
 私の趣味はピアノなのですが、それに合わせて、彼がときどきフルートを吹いてくれるようになりました。まあ、このフルート、本当に個性的で、私のピアノにまったく合わせる気がないものでしたが、私は彼の吹くフルートが嫌いではありませんでした。そして、少しずつ、口論の回数も減って、彼と穏やかに会話出来るようになっていきました。そうなってからですかね。彼が初めて、私にコーヒーを淹れてくれたのは。

 彼はルートヴィッヒと自分の為にしかコーヒーを淹れなかったんですよ。以前は敬愛する上司のためにコーヒーを淹れていたとのことですから、彼にとってコーヒーを淹れるという行為は親愛を示すためのものものだったのでしょう。それを頑なに忠実に守ってきた彼が私に初めて、コーヒーを淹れてくれたのです。そのときの私の驚愕はとてもピアノでは表現しきれません。まるで雷が私の上に落ちてきたような衝撃でしたよ。彼の気まぐれに私は本当に驚いて、真っ白になって、彼からカップを受け取った手が震えていなかっただけが心配でした。
 そして、彼の淹れてくれたコーヒーを口にして、更に衝撃が走りました。…不味かったからではありません。美味しかったからでもありません。…どう説明したら良いのでしょう?…私が飲みたいと思っていた味だったのです。いつもの飲みなれたコーヒーの味のはずでしたのにね。…口では説明できませんね。一度、あなたもギルベルトの店に行ってみると良いでしょう。私の衝撃があなたにも理解できるでしょうから。

 同居は七年と短いものでした。短いと感じるのは色々、遭ったからでしょうか。…本当に、色々…。辛いこともありましたが、決してそれだけではなかった。大切なひと、ルートヴィッヒと僅かな間ではありましたけれど、生活を共にすることが出来ましたし、水と油だった彼のことをほんの少し、理解することが出来ましたから。…惜しむらくは、彼の淹れたコーヒーを飲めなくなることが残念で仕方がなかったことでしょうか。…同居の終わりが近づきつつあった数年、彼は殆ど家には戻らずにいましたし、ルートヴィッヒも同じように各地を走り回る日々を送って、滅多に帰宅することがありませんでしたから。…私も、諸事情でベルリンを離れねばならず、同居を解消せざる得なくなっておりましたし…。…最後に彼が私にも気まぐれに淹れてくれるようになったコーヒーを飲んだのは、いつだった、でしょうかね…。

 それから、何年も経って、ギルベルトが喫茶店を始めると訊いた時には驚きましたが、私は密かに喜んだのです。また、彼のコーヒーが飲めると。そして、彼の喫茶店は妙に居心地がいいんですよ。店主の彼のおしゃべりが五月蝿いことを除けばですけれど。




「…では、その喫茶店にご案内いたしましょうか」

インタビューを終え、立ち上がったピアニストがテーブルに置かれた白い箱を手に取った。私はそれが何なのかをピアニストに尋ねた。

「ザッハトルテです。コーヒーと私の手製の菓子とで、彼とは半永久的に停戦条約を結びましたので」

そう言って、ピアニストはこの日一番の美しい笑みを浮かべたのだった。

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